「 夢路いとほし君恋し 」





夜半、たしかに眠気を感じて床に就いたのに、なぜか目が冴えてしまった。
寝返りを繰り返しているうちに完全に覚醒してしまい、薄暗い部屋の中まんじりともせずに天井など見ている。

鈴木はまだ帰らないようで、よほど忙しいと見える。

いっとき、魔界の新興勢力に専属のような状態で魔具を作ってやっていたのが、今度はそのつてで人間界での興行を手伝うことになったらしい。
妖怪同士が超人技や派手な演出で戦う様子を客に見せるのだとかで、あいつの無駄に派手な演出センスと魔具の技術が買われたようだ。
真剣勝負でもないそんなただのショウを見て人間どもは何が面白いのかと思うが、これが案外当たっているという話で、今日もテレビをつけたら流れていて少し驚いた。

近頃の鈴木はいつになく仕事熱心で、演出家きどりが楽しいのかと思ったら、これはいい稼ぎになるぞ、なんて言っていた。
あいつはときどき妙なところが現実的だったりしてよく分からない。
不思議と仕事が途切れない奴なので、しばらく人間界での生活は続きそうだ。

つらつらとそんなことを考えているうちに眠気が…くるかと思いきや、眠い感覚はあるのにやはり眠れない。
こんなのがここ数日続いているから、不眠症にでもなったのかと思うほどだ。
だが考えてみれば昔はどちらかといえば眠りづらいたちで、すぐに眠れないのなどは普通のことだったと思い出す。
いつからか眠りにつくのが早く、深くなって、そんな感覚を忘れかけていた。

だいたい夜は寝るものなんて考えがおかしいので、魔界の暗部に生きる妖怪たるもの、夜が活動時間であってしかるべきなのだ。
などと言いつつ、人間界の盛り場をうろつくのもすぐに飽きてしまったのだが。

近頃では夜が更けるにつれてだんだん眠たくなってきた気がして、すっかり鈴木に習慣づけられてしまったようで忌々しい。
ちゃんと歯磨きしてあまり夜更かしせずに、って人間の子供かよ。

人にはそんなことを言っておいて、自分は忙しくて午前様続きなのだから馬鹿馬鹿しい話で、帰っても風呂に入って寝るだけの奴を見ていると、寝顔にラクガキでもしてやりたくなる。
まあ、あいつが勝手にやっていることだし、これくらいで体を壊すようなヤワな奴ではないだろうし。
鈴木が家に帰っても帰らなくても、こっちにはなにも不都合はないからかまわないわけだが。


――カチャ カチャカチャ

静かな部屋にそっと鍵を開ける音が響いた。
続いて、洗面所で水を流す音。
いつの間にか少し薄れかけていた意識が引き戻され、思わず身を起こすと、鈴木が冷蔵庫から水の瓶を取り出した所だった。

「あ、起こしちゃったか?」
小さめのペットボトルから直接水を飲みつつ聞いてくる。

「別に。電気ぐらいつけたらどうだ」
「眠ってると思ったからさ。そうだな。」
鈴木はリビングの灯りだけつけると、軽くニヤつきながらこちらへ寄ってきた。

「もしかして待っててくれた?」
「だっ」
誰が、と言おうとして抱きしめられた。

「ただいま。」
鈴木の服からは微かに煙草の匂いがした。

ちょっと身を起こして俺に口づけすると、またうれしそうに頬を摺り寄せてくる。どうも少々酔っているようだ。
「酒臭い」
本当はたいして嫌ではなかったが、鈴木の体を押しのけながら大仰に顔をしかめてみせた。

「すまん、打ち上げみたいな感じになって少し飲んできた。
 最近忙しかったけどな、これでしばらく落ち着くよ。」
「…ほう」

ことさら無表情に言ってやったのだが、鈴木は応える様子もなく隣に座り込んだ。
そして俺を横から抱きすくめ、あやすように揺らす。
右耳が鈴木の息で温かい。やはり少し酒臭いな。
目の前にまわされた腕を軽く指でひっかきながら、しばし身を任せた。

「そうだ、引っ越ししようか今度」
俺の耳元の髪に顔をうずめたまま、鈴木が言う。
「魔界へ?」
「いや、こっちで。もう少し広い部屋に。」

俺は別にここのままでも構わないんだが。
「面倒だな。なんでわざわざ…」
「若、ベッドほしいって言ってたからさ。」
「…そうだったか?」
「前に言ってたじゃないか。布団じゃなくてベッドがいいって。
 一台ならここでも置けるって言ったら、誰か来たときにベッドひとつなの見られたら嫌だって。」

言ったような気もするが、よく覚えていなかった。
「近々まとまった額のギャラが入るしな。もっと景色がいいところに越せるぞ。それで寝室にベッド2台、くっつけて」
「…どっちでもいい」

まさかそんなことのために最近仕事を増やしてたんじゃないだろうな。
上機嫌で引越し先の夢想を語る鈴木の声を聞きながら、微妙に腹立たしい気持ちになった。

「でもさすがに今回は疲れたなあ〜」
「働きすぎだ、お前」
思わずむっつりした顔でイヤミを言ってしまう。

と、鈴木が顔を上げて俺を見つめた。なぜかいたく感激している。

「若、俺の体の心配してくれたのか!?」
「そっっっんなわけなかろう。馬車馬じゃあるまいし、休む暇もないとはつくづく馬鹿な奴と思っただけで」
「つまり…… 心配してくれたのか!?」
「ちがっ お前の耳はどうなっとるんだ」

鈴木は両手で俺の頬を包み、顔を向けさせると、改めて長いキスをしてきた。
舌どうしをくすぐるようにからめては吸われ、俺はいつの間にか薄く目を閉じてしまう。
こんなふうにキスするのも随分と久し振りだななんて考える。

「んっ」
気がつくと寝間着の襟から鈴木の右手が入り込んでさわさわと撫で回していた。
胸元に入った手をつかまえようと前に向き直ると、今度は俺の右耳を歯と舌でもてあそび出す。
体を軽く斜めに倒されて、とっさに起き上がれずまごついた。

「こっこら何をその気になってる」
悪態をついてはみるが、後ろから肩を抱きかかえられ、かまわず帯を解かれてしまった。

「触るな馬鹿!風呂にも入っとらんくせに」
「手は洗ったぞ。若は潔癖症だなぁー」
こいつ、普段は自分のほうが潔癖のくせに…酔っ払いめ。

「だって、俺がシャワー浴びてきたら若その間に眠っちゃうだろう」
俺の太股を右手でさすりながら、耳元で鈴木が言う。

右耳はすでにさんざんなめまわされて、温かく濡れていた。
かかる息の熱さにぞくりとして、一瞬返答が遅れる。
「当たり前だっ ここんとこお前のせいで寝不足っ…」
「へ?俺のせい?」
「う、いや違う別にお前のせいではない」
なんで鈴木のせいなどと言ったのか、思わず声がうわずり、ますます体が火照ってき始めた。

「ねえなんで俺のせい?」
「うるさい」
「ねえ」
「うるさいうるさい!」
しつこく耳元でささやかれるうちに頭がぐるぐるしてきた。
ずっとほったらかしだったくせに、いきなり体をまさぐってくるのも気に入らなかったが、それを言ったらまた面倒なことになりそうで、俺はぎゅっと口をつぐんだ。

「よし分かった、じゃあ俺は脱がないから、触るだけ、な」
「……」

なにが分かったなのかよく分からないが、揉むように両手を握られ、またキスをされて、素直に応じてしまう。
「…っ」
寝間着の前をあけ、胸元から下腹へ鈴木の手が滑る。
俺は投げ出した両足を我知らずぴくんと緊張させた。
すっかり前がはだけて、隣室からの薄明かりで自分の体が白く浮き上がって見え、妙に気恥ずかしかった。

「あれ、もうこんなになってるぞ」
鈴木の指が俺のそこを軽く握り、先から漏れ始めた液をわざと塗り広げてみせた。
久し振りとはいえ、少し構われたくらいでこれほど昂ぶってしまう自分が情けなくて、頬が熱くなった。

「ん…」
再び舌を絡める濃厚な口付けをしつつ、鈴木は俺のそれを何度も擦った。
「んっ…はぁ、はぁ…」
俺は呼吸が少し荒くなり、鈴木の胸に手をついて顔をそむけた。

鈴木は自分の指をひと舐めすると、また俺の股間に手を伸ばし、後ろの穴をいじり始めた。
まずは掠めるように触れ、それからほぐすようにして、だんだんに中へ指を挿し入れてくる。
鈴木に優しく指を出し入れされると背すじがぞわぞわした。

「ふあっ」
さらに耳朶を甘噛みされ、変な声が出た。思わず体が反り返る。
もう目を開けていられずに、俺はかぶりを振った。

鈴木は今度は俺の乳首に舌を這わせ、くるくると舌先でなぞり始めた。
「ああ…はぁ…」
同時に股間を好き勝手にいじり回され、俺は快感に翻弄されて、涙まで滲ませ声を漏らしてしまう。

「んっうっ」
ふと強く乳首を吸われ、噛まれて、びくりと体が震えた。
「やっ…」
俺は身をよじるが、鈴木はこりこりと味わうのをやめない。
「やっだっやめっ…」
「え?これ嫌?」
ぷっくりと赤く勃ちあがった俺の胸の先から少し唇を離し、下に指を入れたままで鈴木が聞く。
「……イヤ…だっ…そんなんしたら戻んなくなる……」
「はは。大丈夫だよ」

「うう…」
「若これ好きだろ…ちょっと痛くされるの。気持ちよくない?」
責めを再開しながら鈴木が言う。
「はぁ…はぁ…」
乳首を吸われ、陰茎を擦られるたびに、頭が真っ白になった。

「あっんっ……気持ち…いいっ…すずき…」
恥ずかしい言葉で悦びながら、無意識に鈴木の髪をくしゃりと掴む。
俺はもはや完全に思考停止し、鈴木の舌と指先に身をゆだねていた。

やがて抗いがたい快感の波が押し寄せ、俺は体をこわばらせた。
「あっあっ…もう…」
「ん、もういく?いいぞ、出して」

「! いあ…ッ」
乳首をひときわ強くつままれ、俺はあっけなく絶頂に達した。

「……ッ」
俺は言葉も無く、痺れるような快感に耐えた。
どこかへ放り出されるような感覚さえおぼえて、怖いほどだった。
いつもより長めの律動がおさまるまで、俺は鈴木の肩口にしがみついていた。


荒い息を吐きながら薄目を開けると、いつの間にか手元に引き寄せた箱から、鈴木がティッシュを数枚引き出しているのが見えた。
それが不必要に鮮やかな手つきで、なんだかなあと思いつつ、急速にねむ……け…が…………。


+++++++++++++


鈴木が華麗に後始末を終えると、うつむき加減の死々若が胸元に寄り添い、額を擦り付けてきた。
すでに十分昂ぶっていた鈴木ではあったが、いつになく可愛げのある死々若の仕草に、思わず鼓動が早くなった。

「わ若、やっぱり俺も…」
ベルトを緩めようと、そわそわと自分の股間に手をやる鈴木であったが、はたと動きを止める。
「…あれ?」
よく見ると死々若は、すでにすうすうと寝息を立てていた。

「ホントに眠かったのか若……。」
がっくりしつつも、下にそっとねかせ、衣服を整え布団をかけてやった。

罪の無い寝顔を眺め、小さく溜息が出る。

「若はよく寝るなあ……。」

俺ももう寝ちゃおう、と独り呟き、鈴木は隣に寝転んだ。





<了>





読んでくださりありがとうございました。ブラウザバックでお戻りください。